私は、この講演の最後では、人間が微分(粒子)なわけないではないですか、人間はかけがえのない「この私」だし、一回限りの「この私」だと、つまり人間は超積分的な存在だと力説しました。 そしてタイムラインは、その「この私」に対する超近代的な(ポストモダンも含めて最後の近代主義的=心理主義的)挑発だろう、とも力説しました。Twitterの「タイムライン」は、その「かけがいのない私」を忘れさせてしまうくらいに「楽しい」。それは(近代全体にとって)いったいどんな事態なのか、それが私の「タイムライン」論の唯一の関心です。
February 15, 2010