自在力2 P156から 「4、安心立命
健康、経済、成功。この俗世的な条件に加え、おのれの天命を知って心の安らかさを得、つまらぬことに心を動かされないこと。この精神的な安寧もまた幸福に欠かせない条件です。自分に与えられた使命、役割をまっしぐらにこなしていると迷いが消え、不安から解き放たれて、きわめて澄んだ心境になる。これが安心立命の境地です。また自分の寿命を知って、死を恐れない落ち着いた気持ちを手に入れる。これも安心立命です。つまり天意、天命にそってたくまず自然に生きる。私の言葉でいえば、宇宙無限力にまかせきって一片の不安も覚えない状態。その安心立命の心境があなたに深い幸福感をもたらすのです。
自分の天命を知り、目前の道を行け
自分の使命を知って、それを果たすべく懸命に生きていれば、おのずと安心の境地に導かれ、絶対的な幸福を手に入れられるということです。 こういうと、自分の使命など見つからない、まして天命など与えられていないと思う人も多いでしょう。けれども、天はだれにも等しく命を下しているのです。みんなそれぞれ果たすべき役割、歩むべき道を与えられて、この世に生まれてくるのです。しかし天命とはまた「無意識の道」であるから、これがオレの天命だとはっきり自覚できるものではない。これから天命を探そうと意図的につくりだすものではありません。 天命などということはまったく考えないで、何十年も長くひとつのことに努めてきて、あるとき、ああ、これはオレの天命だったのかもしれない—-と気づく。そのように「後ろにできる道」こそが天命である。あるいは長く積み重ねてきたことがおのずから天命と化してゆく。天命とはそういうたぐいのものです。 ですから、天命とは何かなどと大上段に四角ばって考えずに、腹が減ったら飯を食うように、まずは自分が好きなこと、自分がいちばん楽にできること、スムーズにやれることを、そのときの自分の立場や能力に合わせて、無理なくやっていけばいいのです。天はけっしてわたしたちに無理強いはしていません。自然に選択し、実践できる道こそ、長続きしやすく上達もしやすい。したがって、それがあなたの天命となってゆくのです。 また、わたしは開業医時代、あまりの忙しさに体をこわし、当時、不治の病であった結核にかかってしまったことがあります。けれどもわたしは、それを医者にもかからず、安静にもせず、前よりもさらに忙しくはたらくことで治してしまいました。人を治すのはわたしの天職である、そのわたしを天がおろそかにあつかうはずがない、そういう強固な信念があったから、その思いの力でわたしは自身の病気も治してしまったのです。 このように困難に出合っても、それでもなおかつやりたいと思うこと、やらねばならないと思えること、やめたいとも思わないこと。それもまた、あなたの天命です。 それが天が与えた運命であり、天が引いたラインであるかぎり、理由や動機がどうであれ、あるいは障害や困難があっても、わたしたちはそこから離れ、それることはないのです。自覚しようがしまいが自然にその道を選択し、何があっても「それをしたい」「それをすべきだ」と迷いなく思え、また、おのずから実行してしまう。なぜなら、それがあなたの天命だからです。 逆にいえばーーー考えようによっては恐ろしいことですがーーーわたしたちは天意にそったことしかできない動物です。天が与えた能力以外のことは、わたしたちはどんなにがんばっても可能にはならないのです。 百事如意といえど、たとえば空を飛ぶとか海の上を歩くということは、人間にはできません。そうした能力がもともと与えられていないからです。海の上を歩いたり、空を飛んだりすることが普通の人間に必要なことだと、天は、宇宙の意思は考えていないのです。しかしそれが必要だと思えば、あるいは必要だと思った人間には、神はその能力をさずけるでしょう(キリストなどはそうした能力を天から与えられ、衆生済度のためにこの世に現れた人間といえます)。人間に与えられた能力の範囲というのは実に膨大なものであり、その大半は眠ったままですが、その範囲にはおのずと限界があって、空を飛んだり、海を歩いたりする能力は範囲外のことである。しかし、そのかわり飛行機を発明し、船をつくる能力は十分に与えられているーーーそういうことなのです。 いいかえれば、天意にそって人間には必要なものは全部与えられているが、不必要なものは何ひとつ与えられていないのです。だから、なお安心して「無意識の道」を歩み、自分がしたいこと、すべきことを実践していけばいい。必要なことは全部与えられているのだし、できないことはもともと不必要なことである、ということなのですから。」
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